勉強には飽きたあるよ
どうもこばんわ。
だってよ、社会保障法とかちょっと飽きたからよ。
呟くよ。
最近ふと思うんだけどさ、大学生って僕みたく、エンターテイメントの消費に終始してる人多いよね。ずっとパソコンやTVの前に張り付いたり、アニメ見たりゲームしたり。
まあそれでも生活成り立っていっちゃうからいいんだけどさ、そういうことしてると時に、自分と現実の接点のあやふやさにすごく不安になるときってあるんだよね。
まあ働いてないわけだから自分が社会に対して何ができるか、どう関わるべきかを見極める機会って自分から積極的にバイトでもなんでもやって見つけなきゃいけないと思うんだけど、なんとなく漫然と時計の針だけが進んでいって、気づいたら就職活動とかになって現実に直面して焦るって、多いパターンだと思うんだよね。
それに、現実を直面してがむしゃらに何かをやった後の自分って、エンターテイメントをすごく消化できる。もうビンビンなの、感度が。娯楽のエッセンスは現実世界でのリンクを画面上なりページ上なり、音の中なりに見つけ出してカタルシスを得るところにあると勝手に思う。
だから娯楽に没頭していると、娯楽のそのジャンルでの感度は上がっても、自分がそれを心から楽しむことはできないと思うんだよね。
たとえばこのアニメの監督の作風はこうこうで声優がどうこうだからいいなあっていうマニアックな喜びよりも、そのアニメの中で伝えたいテーマが自分が日常で考えているテーマとシンクロしている時とか、大切にしているシーンと類似した状況が現実でも起こったりした時の喜びのほうが、より悦に浸ることができる。
音楽とかもそうで、方法論の研磨ってとても大切だと思うんだけど、大切な中心部分ってやっぱり人間が生きている中で生まれる葛藤とかそういうものに関わってくるんじゃないかな、と勝手に想像したりする。
話が完全にズレたあるよ。
まあ要するに、漫然と過ごしちゃうことって、あるよねというところに立ち返ろう。
一方で、自分のやるべきことを常に目の前に置いて、さああれやるぞこれやるぞ!ってビシバシと自分の筋肉として身につけていって、どんどん夢も野望も叶えてしまう人間。これもまたいるんだよね結構たくさん。
勝間100人分くらいのモチベーションもってるだろ君、って突っ込みたくなるくらいのコンピュータ付きブルドーザーみたいな感じで、止まらずに前に進んでいける人間。
そういう、大学卒業後にすぐ外資入って、30過ぎにはコンサルで働き始めそうな人間と同じレベルのモチベーションを、僕みたいな95パーセントのパンピーが持つことははっきり言って無理だし、そこを目指せとバシバシケツを叩くのも間違ってると思う。
就活でよくある、夢を大きくとか、あなたの働き甲斐はなんですか、とかね、もういいでしょうと。
そこで何をすべきかって考えると、現実の自分のポテンシャルと価値観を考えて、上手いこと調整しながら生きていくバランス感覚を磨くことだと最近思う。
今後10年20年のライフコースをチラっと考えてみても、金とか名誉といったバブリーな野望を叶える環境には恐らく今立っていないので(まあそういうポイントにいるのは上記のマッチョマンくらいだろうけど)現状のヘタレの自分に努力値を振りながら、時に人生を豊かに過ごすための何かを探すべきだ。
幸いなことにこの国には差し迫った社会的、生命的危機が無い上、どうしようもないくらい娯楽や趣味を堪能する環境に恵まれている。
またマッチョマンたちは様々なものを手に入れられる代わりに、スケールの大きなものに常に付き合わなくてはならないリスクを帯びることとなり、時に磨耗する人生が待っている場合が多い。
それと比べれば僕らパンピーは多面的な幸せを享受する可能性に溢れているともいえる。
豊かに暮らすってなんなんだろうねー
今日賃金の定期昇給の難しさについてTVでやってて、30で子供二人いる正社員のお父さんが月25万の給料で必死に働いてて若ハゲになっちゃってるの(若ハゲは関係ないかもしれないけどww)見てるとなんか頭ん中ぼやーってしてしまうんだよねー
お父さんは家庭を支えることが幸せで誇りだって、それもなんとなくわかるけど。生きるって大変だなあ