サマーウォーズ〜ネットでもリアルでも変わらないコミュニケーションの本質〜
劇場上映されているときも話題に上っていたり、TV放映されていた時も見られなかったサマーウォーズ、やっと見ました。
新品価格 |
ストーリー
世界中の人々が集うインターネット上の仮想世界、OZ(オズ)。そのメンテナンスのアルバイトをしている高校生の'健二は、憧れの先輩・夏希から田舎に行くというアルバイトを頼まれる。気楽に応じた健二だったが、実は夏希の本家とは武家の血筋を受け継ぐ旧家、陣内家であり、曾祖母である烈女・栄のために夏希のフィアンセのふりをするというアルバイトだったのだ。
さいわい栄は健二を認め、芝居は平穏のうちに終わるかに見えたが、その夜健二はケータイに届いた謎の数式を、数学の問題と考えて解いてしまう。しかしそれは、OZ世界を崩壊させ、現実世界をも混乱させる大事件の幕開けだった。
(ウィキペディアより)
この物語の一番の特徴は
「一見対極にあるように見える田舎の大家族と、広大なネット上の仮想空間を繋げながら、そこにあるべきコミュニケーションの本質を観客に示した」
というところにあると思った。
ネットという仮想空間はいまやなんでも実現させる能力を兼ね備えると同時に、一見無味乾燥な印象を多くの人に感じさせるものである。
特にデジタルディバイドの枠外に置かれがちなITから遠い人(今作品では夏希のふるさとの人々)にとっては、その利便性も危険性も、わからないままに発達の進む得体の知れないもの、というのが正直なところだろう。
それでもシステムやネットワークは日々進化を続け、それは好むと好まざるにかかわらず日常に浸透している。
それが危険に冒された場合には生活を脅かしかねないところまできているのではないか!?
というのが一つの問題提起だ。
一方でその、「ITから離れている」人々の中で精神的支柱を果たすおばあちゃんの役割が今作品のキモとなっている。
「どんな時でも力を合わせ、一緒にご飯を食べること。逆によくないのは、誰かが一人でいること、そして一人でご飯を食べること。」
この、一見もっとも当たり前でアナログなことがコミュニケーションの根幹を支えている、ということが主人公である健二を通じて語られる。
それまで核家族であり、家庭というものの思いやりや生活を経験したことがなかった健二に、夏希のふるさとでの経験は一つの気づきを与えた。
多くの人々がそれぞれにしかできないことをたがいに補い合って、当たり前のことを当たり前にやりながら生きていく。
その営みの尊さに気づくことで健二は、ネットワークの持つ利便性の裏に隠れた危険に気づくと同時に、それに対して立ち向かう覚悟を決めていく。
それは自分の名誉のためでも利益のためでもなく。
ただひたすらに「自分の愛する、守るべきものを守りたいから」その単純な衝動がすべてだった。
そしてその背中を押す仲間も多くおり、最終的にはネット上の空間で、一つの悲劇を回避するために多くの人が結束する姿が描かれる。
人々もまた、大きな一つに危機を目の前にして、己の利害を超えたところで一つになれた。
当たり前のものが実は大きく我々の手を離れて成長しているという事実。
その一方でどれだけネットワークの規模が大きくなっても、コミュニケーションのあるべき姿はなんら変わることがないという事実。
一見性質の違う二つのコミュニティ間のかかわりが、一つのテーマを洗い出すという、明快かつさわやかな感覚に包まれるストーリーだった。
先進的なネットワークがすべてを解決するわけではない。
一方で過去を振り返りよかったと耽溺するわけでもない。
遠く戦国の昔から現代にいたるまで共通する、人のつながりにおける大切なものを学びとって、未来へと生かしていこうという温故知新の意思が感じられる映画。
新品価格 |