新・時の軌跡~yassuiのブログ~

旅の話、飯の話、リビドーの話。

インドで僕も考えた〜3月15日、デリー〜

2012年12月15日 新大久保駅前居酒屋「仙力」。
なんとなしに高校時代の友人HとKと飲んでいた。彼らはまだ学生である。

H「いよいよ俺も来年から豊橋でドクターライフを開幕しそうなわけだからさ、学生生活最後に大きい旅行がしたいんだよね」



K「じゃ、インドだ。あ、ヤスイもな」





インドにいくことになった。




僕が今まで行った外国は北京とイタリアのみ。いわゆる「開発途上国」というところにアタックした経験が無かった僕はしかし、その誘いに二つ返事で乗っかってしまった。


僕の中でのインド像はずばり遠藤周作の「深い河」と沢木耕太郎の「深夜特急」であった。中高時代にそれとなく勧められた「深い河」は僕の人生観、宗教観、価値観に一番大きな影響を与えたと言っても過言では無い名著だ。脱サラした筆者が香港からロンドンまでシルクロードを旅する「深夜特急」は学校と家を往復していた中学生には想像もつかないような世界の広さを感じさせる大作だった。


全てを受け入れる国、一度行ったら二度と行きたくないという人とまた行きたくなるという人に分かれる国、人間の森と呼ばれる国、一度はまると何ヶ月も滞在してしまう国・・・
今まで会った人の口から、インドという国が語られる際に出る形容詞は非常に多様であった。
その言葉を果たして自分ごととしてとらえることができるのか、はたまた自分が今まで書物の中に抱いていたインド像は妄想の産物に過ぎないのか・・・



「確かめねばなるまい」



数奇なめぐり合わせでインド行が決まったとき、僕はそう思ったのだった。




3月15日金曜日、仕事を午前中で切り上げた僕は、成田発の中国東方航空の飛行機でインドの首都デリーへの経由地上海へと向かった。
今まで海外旅行へは一人で行ったことが無く、外国系列の航空会社の飛行機を利用したこともなかったため不安だったのだが、予想以上にスムーズに搭乗でき、機内食もおいしい。



しかしスチュワーデスに4回くらい中国人と間違えられた。
中国語で何度か話しかけてきて「Japanese」と答えると不服そうに片言の日本語で案内してくる。4年間大学で中国語を勉強したため顔まで中国人の相になってきたのであろうか。しかしスチュワーデスの話す中国語は一言も理解できなかった。




上海で乗り換えたデリー行の航空機は一気にターバンを巻いたインド人率が上昇。前のインド人に容赦なく席を倒されるがびびってしまい一言も主張できない。この時の僕を振り返るとはインド耐性0であったことがひしひしと感じられてならない。(旅を終えた今ならインド人の肩をたたいて「Excuse me」と言ってなんとしてでも席を戻させる)



さらには隣に座っていた肉だるまのような中国人のオカンがスチュワーデスを呼んでがなりたて始めた。スチュワーデスは僕の肩をたたいていわく「あの客が頻尿だから通路側のお前の席と代われと言っている。」


譲ってしまった。傲岸不遜なインド人1名と頻尿の中国のオカンに敗北。




ノーと言えない日本人ここに極まれり、である。





午前2時、デリーに到着すると現地でビザを取得するためにアライバルビザのコーナーへ。

インド入国にはビザが必要(http://www.indianvisaatjapan.co.jp/index_jp.html)だが日本での取得には3週間はカタいと聞いていたため現地で取得することにしていた
のである。kは僕の貧しい英語力によりビザをとれす、ここで日本に送還されるシナリオを考えていたとかいなかったとか。

10人ほど並んだが1時間ほどでビザがとれた。しかしそろいもそろってインド旅行者は若く、顔が生き生きとしている。仕事でやつれ屍人のような顔をしているのは僕くらいのものであった。



入国審査を済ませ、先にインド要りしているHとNと合流しようと空港を出る。


・・・!




玉だった。





空港の前のタクシー乗り場にいたのは玉のようにうごめく褐色の色をしたインド人タクシードライバーの群集だった。

「Hello friend!」

「ドコイク、ヤスクイク」

「イイホテルアルヨ」

「コンニチハ、コンニチハ」


花束やウェルカムボードをもった彼らは僕の肩を掴んだり手を取ろうとしてくる。

旅行のバイブル「地球の歩き方」
http://www.arukikata.co.jp/country/asia/IN/
によれば、彼らに頼むと予約してもいない宿に勝手につれていかれ、場合によりその場に放置されること必至のため、朋友をとにかく待つためビビりながら再び空港に入る。



ほどなくHとNに合流することができ、彼らと安全な前払いのプリペイドタクシーを利用することに。チケットを購入すると券売所周辺に屯しているインド人ドライバーたちがチケットを覗き込むようにして


おっさん「へいじゃぱにー、あそこに止まっているのがそのチケットのタクシーだ。案内してやるよ。」


へいへいどうもどうも、と乗ってみるとどうも綺麗な車で、窓の遠くに明らかにチケット記載のタクシー乗り場が・・・
予約した公営タクシーとは違う個人タクシーで連れてかれる一歩手前だった。。



なんとかおっさんを振り払いボロボロの公営軽自動車タクシーに乗車。午前4時にも関わらず路上には人がうろうろし、野良犬が走り回っていた。インドの犬は狂犬病の可能性があるので夜は要注意。



そしてなんとかホテルクワリティに到着。
http://www.hotel-mania.net/hotel.php?hotel_id=254978

(どうみてもラブホ街にしか見えない)



おどろおどろしい外見にそわそわしながら入っていったが・・・

部屋は広いしシャワーにお湯が出るしトイレも水洗という神クオリティ。


空港到着後早々のインド人たちの手荒い歓迎に、今後の日々に思いを巡らせながらその日は床についたのだった・・・