新・時の軌跡~yassuiのブログ~

旅の話、飯の話、リビドーの話。

キッチン

よしもとばなな「キッチン」読了。

キッチン (角川文庫)

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全ての家族を失って、家庭のような温かい絆を得るも再び失い、歩みだす女の子のお話。

「彼女たちは幸せを生きている。どんなに学んでも、その幸せの域を出ないように教育されている。たぶん、あたたかな両親に。そして、本当に楽しいことを知りはしない。どちらがいいのかなんて、人は選べない」

当たり前の幸せを当たり前に享受している人間は幸せであるが、その感受性は決して振りきれることは無いのだと思う。
大切な人の不慮の死、離婚、大怪我、精神の病、災害。
このような理不尽な出来事に遭遇しないことは幸せだ。
しかし普通に生きていれば遭遇しない悲しみに直面したときこそ、人間の本当の感性と生きる強さが問われる。

死による離別というわかりやすい暗喩を用いてはいるものの、作者が本当に表現したかったのは孤独を認め、自分の感じるものを信じて生きることを肯定する生き方ではないかと思った。
オカマのママ、どこか心に欠落のある雄一。
それぞれの登場人物が幸せという一体感を享受する一般の人々と違い、自分の人生を直視して生きている。

筆者はあとがきに「この作品が予想以上に読まれることに嫌悪感のようなものを感じている時期があった」としているが、それは筆者の表現や文体の雰囲気に引き寄せられた「幸せの域」を出ない人にも過度に支持されてしまったことによるものではなかろうか(今となっては当時のヒットを冷静に見られるようになったらしいが)

一見女性的な文体だが、その実、一本の太い幹の存在を感じ取れるような作品だった。